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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)3871号 判決 1964年6月01日

主文

被告らは、原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ、連帯して、昭和三三年一月一日から明渡ずみにいたるまで、一カ月金一、六〇〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、原告

被告らは、原告に対し、別紙目録記載の家屋(以下、「本件家屋」という)を明渡し、かつ、連帯して、昭和三三年一月一日から同三五年八月二日まで、一カ月金一、六〇〇円の割合による金員を、同年八月三日から本件家屋明渡ずみまで一カ月金二、六七七円の各割合による金員を、それぞれ支払え。

との判決および仮執行の宣言

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、原告の主張

一(一)、原告の父亡三尾常次郎は、訴外山本安太郎に対し、本件家屋を、期限の定めなく、賃料一カ月金一、六〇〇円毎月末日支払の約束で、賃貸していたところ、安太郎は、昭和三二年五月分以降の賃料支払を遅滞したまま、同年一二月一二日死亡し、同人死亡後の本件家屋における世帯主は、同人の内縁の妻被告増井清栄(以下たんに被告清栄という)と同人の長男被告山本巌郎(以下、被告巌郎という)の両名であつたので、常次郎は、昭和三三年一月三一日、右被告ら両名とのあいだで、本件家屋の賃貸借を、右被告ら両名との契約にあらため、かつ、被告ら両名において安太郎の前記延滞賃料債務を承継した。

(二)、被告らは、常次郎に対し、昭和三三年七月までに、昭和三二年一二月末日までの賃料を支払つたのであるが、昭和三三年一月一日以降の賃料の支払をしない。

(三)、そこで、常次郎は被告らに対し、昭和三五年一月五日、内容証明郵便で、昭和三三年一月一日から同三四年一二月末日までの賃料合計金三八、四〇〇円(一カ月金一、六〇〇円の割合)を、昭和三五年一月一四日までに同人方に持参して支払うよう催告し、右郵便は、翌六日頃被告らに到達したのであるが、被告らは右催告期限内に右賃料の支払をしなかつたので、被告らに対し、昭和三五年八月二日到達の内容証明郵便をもつて、本件賃貸借契約解除の意思表示をした。

(四)、したがつて、本件賃貸借契約は終了したのであるから、被告らは、本件家屋の明渡と、昭和三三年一月一日から本件賃貸借契約解除の日である昭和三五年八月二日まで、一カ月金一、六〇〇円の割合による賃料ならびに同年八月三日から本件家屋の明渡ずみまで、本件家屋を占有することによつて常次郎の本件家屋の使用を妨げているから、賃料相当の損害金を支払うべき義務があり、しこうして、右損害金は、本件家屋の統制賃料額である一カ月金二、六七七円の割合であるところ、常次郎は、昭和三七年一月一五日死亡し、原告は、常次郎の二女であるが、同人の相続人間の協議により、本件家屋の所有権ならびに常次郎の被告らに対する賃料および損害金債権を相続し、常次郎の本件訴訟を承継した。

よつて、原告は、被告らに対し、本件家屋の明渡、ならびに前記賃料および損害金の支払を求める。

二(一)、被告ら主張事実中、山本安太郎の相続人が被告ら主張の被告巌郎ら四名であることは争わないが、安太郎死亡後、本件家屋の賃借権を右四名において共同相続したとの点は否認する。本件家屋の賃借権を承継したものは、被告巌郎と被告清栄の両名である。けだし、本件家屋のような居住のみを目的とする家屋の賃貸借においては、通常世帯主的立場にある者が賃借人として契約を締結し、その家族は右賃借人を介して賃借家屋を用益する権利を享受するのであるから、右賃借人が死亡したばあいには、その相続人全員が賃借人の地位を承継するものでなく、新たに世帯主的地位を承継した者のみが賃借人の地位を承継し、その他の家族は右賃借人を介してふたたび賃借家屋を用益しうるものと解すべきであるところ、昭和三三年から同三五年当時において、被告巌郎ら四名の相続人のうち、満智子は肺結核のため長らく入院中であり、敬子は既に神戸市方面に居住していて本件家屋に寄りつかなかつたし、また、義子は未成年者にして被告清栄の親権に服する者にすぎず、結局、本件家屋における世帯主的立場にあつたのは、一家の生計の資を得ていた被告巌郎と被告清栄の両名であるから、本件家屋の賃借権を承継したものは、右被告ら両名というべきである。したがつて、常次郎は、前記のように、本件家屋の賃貸借を右被告ら両名との契約にあらためたものであり、同人のした被告ら両名に対する延滞賃料支払の催告ならびに本件賃貸借契約解除の意思表示は、適法かつ有効といわなければならない。

(二)、かりに、本件家屋の賃借権を被告巌郎ら四名において共同相続したものとしても、前記催告ならびに契約解除の意思表示は、つぎの理由で、有効というべきである。すなわち、右四名のうち、前記のとおり敬子は本件家屋に居住しなかつたものであり、満智子は原告の取寄せた住民票によると、世帯主被告清栄の同居人と記載されていたものであるから、原告が前記催告ならびに解除の意思表示をするに当り、右両名を相続人として遇しなかつたことをとがめることはできないし、また、義子については同女が未成年者であるから被告清栄に対する催告ならびに解除の意思表示をもつて、その効果が同女に及ぶものであるほか、右三名は、いずれも賃料支払能力がないものであつて、被告ら両名のみが右支払を負担する立場にあつたのであるから、被告ら両名だけに催告ならびに契約解除の意思表示をしたとしても、右三名に賃料支払の機会を失わしめたものとはいえず、その効力は、右三名にも及ぶものと解すべきである。

第三、被告の主張

一、原告主張一の(一)の事実中、原告の父三尾常次郎が山本安太郎に対し本件家屋を原告主張の約束で賃貸していたこと、右安太郎が昭和三二年五月分以降の賃料の支払を遅滞していたことおよび同人が原告主張の日に死亡したことは認めるが、その他の事実は否認する。安太郎の死亡後、本件家屋の賃借権は、同人の長男被告巌郎、長女山本満智子、二女山本敬子および三女山本義子の四名において共同相続したものである。

同(二)の事実中、被告巌郎ら四名において原告主張のような賃料延滞があつたことは認める。

同(三)の事実、同(四)の事実中、常次郎が原告主張の日に死亡し、原告が本件家屋の所有権を相続したことは、いずれも認める。

二(一)、常次郎が被告ら両名に対してした賃貸借契約解除の意思表示は、つぎの理由で、無効である。すなわち前記のとおり、安太郎死亡後の本件家屋の賃借権は被告巌郎ら四名が共同相続したものであるから、本件家屋の賃借人は右四名である。被告清栄は、安太郎の内縁の妻であり、また、被告巌郎ら四名はいずれも安太郎と被告清栄との間に出生した子であるが、もともと被告清栄は、安太郎の生前中本件家屋に居住しておらず、同人死亡後、被告巌郎ら四名の実母であるため、本件家屋に入居したものにすぎず、もとより安太郎の相続人にはあたらないので、本件家屋の賃借人といえないものである。

それゆえ、かりに被告巌郎ら四名の側に原告主張の債務不履行であつたとしても、常次郎のした催告ならびに本件賃貸借契約解除の意思表示は、被告巌郎と賃借人でない被告清栄の両名に対してのみなされたもので、本件家屋の共同賃借人である被告巌郎ら四名全員に対するものでないから、民法第五四四条の法意からいつても不適法であつて、その効力を生じないものといわなければならない。

(二)、しこうして、被告巌郎ら四名は、昭和三六年一月二四日、常次郎に対し、昭和三三年一月一日から同三六年一月末日までの賃料合計金五九、二〇〇円を弁済のため提供したところ、同人からその受領を拒絶されたので、同月二六日、これを大阪法務局堺支局に供託した。したがつて、被告巌郎ら四名に賃料支払につき遅滞の責任はない。

第四、証拠(省略)

理由

一、原告の父三尾常次郎が山本安太郎に対し本件家屋を期限の定めなく賃料一カ月金一、六〇〇円毎月末日支払の約束で賃貸していたところ、安太郎は昭和三二年五カ月分以降の賃料支払を遅滞し、昭和三二年一二月一二日死亡したこと、安太郎の相続人が被告巌郎、山本満智子、同敬子および同義子の四名であること、被告清栄が安太郎の内縁の妻であることは、いずれも当事者間に争いがない。ところで、安太郎死亡後の本件家屋の賃貸借における賃借人が誰であるかとの点について考えると、家屋の賃借権もまたひとつの財産権といえるから、相続の対象となるものであつて、被相続人の賃借権は相続人において相続するものと解する。したがつて、本件家屋の賃借権は安太郎の死亡により、同人の相続人である被告巌郎ら四名において共同相続し、賃借人の地位を承継したものと認めるのほかはない。また、被告清栄の本件家屋に居住する関係についてみると、前記判示のとおり同被告が安太郎の内縁の妻であること、そして、被告清栄本人尋問の結果によれば同被告は安太郎と昭和六年頃夫婦関係を結び同棲し、その間に右被告巌郎ら四名の子を出生しているものであり、本件家屋には安太郎とともに昭和一一年以来居住していた。もつとも、同被告は、昭和二六年頃から安太郎と別居するようになつたが、時折本件家屋に出入しており、昭和二九年頃から三年間、安太郎が胃潰瘍手術で入院中、病院で安太郎の世話をしたり、本件家屋に戻つたりし、安太郎が死亡するしばらく前からは永続的に本件家屋に居住するにいたつたことが認められるから、この事実からすると、被告清栄は、元来、安太郎を中心とする家族共同体の一員として、本件家屋の賃貸人である常次郎に対し、安太郎の賃借権を援用して本件家屋に居住する権利を対抗しえたものであり、この関係は、安太郎が死亡し、同人の相続人たる被告巌郎ら四名が本件家屋の賃借権を承継した以後においても変りがないものというべきであるから、同被告は、常次郎に対し、自己の居住権を主張しうるものである。もつとも、本件において、常次郎(その後同人から賃貸人の地位を承継した原告)が、被告清栄の本件家屋の居住を否認するものでないことは明らかであるが、右のように、被告清栄は、本件家屋における自己の居住権を主張しうるのであるから、結局、安太郎死亡後にあつては、同被告もまた被告巌郎ら四名とともに本件家屋の賃借人の地位にあるものというべきである。居住用家屋の賃貸借においては、賃借人死亡のばあい、その相続人全員が賃借人の地位を承継するのではなく、当該家屋において新たに世帯主的地位を承継した者のみが賃借人の地位を承継するものであるとの原告の見解は、当裁判所の採らないところであるから、右見解を前提とした安太郎死亡後の本件家屋の賃借権を承継したものは被告清栄および被告巌郎の両名であるとの原告主張は、失当というほかなく、また、原告主張の日常次郎が本件家屋の賃貸借を右被告ら両名との契約に更改したとの原告主張も、これを肯認するに足る証拠は存しないから、とることはできない。

二、被告ら側に昭和三三年一月一日以降の賃料支払の延滞であつたこと、常次郎が被告清栄と同巌郎の両名に対してのみ昭和三五年一月五日内容証明郵便で昭和三三年一月一日から同三四年一二月末日までの延滞賃料合計金三八、四〇〇円を昭和三五年一月一四日まで支払うよう催告し、右催告期限内にその支払がなかつたので、さらに、右被告ら両名に対し、昭和三五年八月二日到達の内容証明郵便で本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。そこで、前記判示のように、安太郎死亡後の本件家屋の賃借人は同人の相続人である被告巌郎ら四名と被告清栄であるというべきところ、被告清栄および同巌郎の両名だけに対してされた本件賃貸借契約解除の意思表示の効力について考える。賃借人が死亡し、相続人が数名あるばあいは、特段の事情の認められないかぎり、相続人の一人のみに対する賃貸借解除の意思表示を有効ということはできないから(最高裁昭和三六年一二月二二日判決、民第一五巻一二号二八九三頁参照)本件においても、安太郎の相続人中の一人でしかすぎない被告巌郎と被告清栄に対してのみの意思表示では特別の事情が認められないかぎり解除の効力を生じないといわなければならないところ、成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一号証、および本件家屋の写真であることに争いのない甲第七号証、被告増井清栄、同山本巌郎各本人尋問の結果に弁論の全趣旨によれば、つぎの事実が認められる。

「安太郎死亡後、被告清栄が、安太郎の生前中に生じていた延滞賃料を、昭和三三年一月から同年七月までの間常次郎方に持参して支払つたが、そのさい、同被告は、常次郎に対し、右延滞賃料完納後は、本件家屋の賃借人名義を同被告名義に替えてもらいたい旨申出たところ、常次郎からは息子の被告巌郎の名義でなければならないとして右申出に応じてもらえなかつた。そして、その後昭和三三年一月分以降の賃料支払が途絶えたままになつたのであるが、常次郎が賃料支払の催告ならびに契約解除の意思表示をした当時、本件家屋における山本方の家族構成は、長女の満智子がすでに昭和三二年一一月頃から結核のため貝〓市にある療養所に入所中であり、二女敬子は、東京か神戸にいて、時折本件家屋に戻ることもあつたが、喫茶店、バーなどにつとめている関係か居所も転々としていてはつきりせず、つねに、本件家屋に居住していたのは、被告清栄と同巌郎および一四才に達した三女の義子だけであつたし、一家の生計は、被告巌郎の収入と被告清栄の内職などによる収入に頼つていた。また、本件家屋の玄関先に掲げられた表札は、「山本巌郎」および「増井」という二つの表札であり、常次郎が取寄せた昭和三五年七月一九日付の住民票によると本件家屋においては、増井清栄を世帯主としてこれに満智子、敬子および義子の三名が同居している世帯と、山本巌郎を世帯主とする世帯の二つの世帯が居住しているようになつていた。そこで、常次郎は、賃料支払の催告ならびに本件賃貸借契約解除の意思表示を被告清栄と同巌郎の両名だけになした。」以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右事実によれば、被告巌郎を除く他の三名、すなわち満智子、敬子および義子は、いずれも、被告清栄、同巌郎と同一世帯に属し、本件家屋の賃借権を被告清栄または被告巌郎に代理せしめていたともみることができるから(もつとも、そのうち義子は未成年者であるから、親権者たる被告清栄が当然、同人を代理する。)被告巌郎および被告清栄の両名だけに対する解除の意思表示をもつて、右三名にもその解除の効力が及ぶものといわなければならない。

三、そうだとすると、本件家屋の賃貸借は、右意思表示の到達した昭和三五年八月二日をもつて、被告清栄および被告巌郎ほか三名の本件家屋の共同賃借人全員について終了したものというべく、したがつて、被告らは、常次郎に対し、本件家屋の明渡ならびに昭和三三年一月一日から各解除の日の昭和三五年八月二日まで、約定の一カ月金一、六〇〇円の割合による賃料、およびその翌日たる同月三日から本件家屋の明渡ずみにいたるまでは、本件家屋を法律上の権原なくして占有し賃料相当額の損害を加えつつあるものというべきであるから、右損害を支払うべき義務がある。原告は、右損害の賃料相当額が一カ月金二、六七七円の割合である旨主張するが、これを肯認するに足る証拠はないから、前記判示の約定賃料額をもつて賃料相当額と認めるほかはない。

ところで、常次郎が昭和三七年一月一五日死亡し、原告において本件家屋の所有権を相続したことは当事者間に争いがなく、右事実から、また、常次郎の被告らに対する右賃料および損害金債権も承継したことが推認できるから、被告らは原告に対し、本件家屋を明渡し、かつ、連帯して、昭和三三年一月一日から右明渡ずみにいたるまで一カ月金一、六〇〇円の割合による賃料および損害金を支払うべき義務があるというべきである。(右賃料および損害金債務は、本件家屋の共同賃借人たる被告らの不可分債務と解する。)

四、よつて、原告の本訴請求は、右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言は、本件において相当でないと認め却下することとし、主文のとおり判決する。

(別紙)目録

大阪市住吉区西住之江町二丁目三番地の三

家屋番号同所第一〇番

木造瓦葺二階建住家二戸建一棟

建坪 二六坪八合一勺

二階坪 一七坪一合三勺

のうち、西側の一戸

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